営業後の夕食、オルデンバーグ、ヤミ市
bookpondがある白楽というまちは、良心的な価格で美味しいお酒や食事を楽しめる素晴らしい個人経営の居酒屋やバーがたくさんあり、飲み歩くことが好きな人にとってはとても楽しいまちだ。そしてbookpondから徒歩1分以内にも素晴らしいお店がたくさんあり、今日はもう少しだけ、そんなに神経は使わないけれど、片付けておきたいなという仕事がいくつかあり、でもちょっとお腹減ったし体力尽きてきたなという気分になっていたので、向かいにある「まつたろう」という神居酒屋で夕食とちょっとだけお酒を飲んで、またお店に戻ってきて、腹ごなしにこのニュースレターを書いている。
さて、毎週更新すると言ったものの、おとといの日曜日はさっそく更新をサボってしまった。ちなみに前回のニュースレターでちらっと触れていた群馬行はとても良い時間となり、いまをときめくアンビエント・アーティスト冥丁さんの圧倒的パフォーマンス、そしてたまたま高崎でやっていて足を運んだ川瀬巴水展にすっかりハートを掴まれてしまったり、これまた立ち寄った高崎のREBEL BOOKSさんで刺激を受けたりなどがあったのだけれど、それを細かく書き始めるとそれだけでちょっとしZINEが作れてしまいそうなので、またの機会に。そして前の土曜は、bookpondの立ち上げチームで、近隣の大好きなお店「254 Beer」(ここで醸造したクラフトビールも仕入れています)で打ち上げ。つくづく良いチームに恵まれたなぁとしみじみ感謝。ここから腰を据えて、良い場所に育てていかねば。ただちょっとここ数週間、お店のほうも本業のほうも駆け抜けてきて、さすがに疲れが溜まってきてしまい、日曜日の営業後ときのう一日は何も考えずにダラダラする日にすると決めたからだ。というわけで、これは先週末にカウントしても許される、はずだ。
最近の喫緊の問題として、21時まで営業した後の夕食をどうするか、というものがある。僕は基本的にわりと朝方で、夕食は特に何もなければ19-20時くらいには済ませ、23-24時くらいまでには就寝する、という生活リズムだ。しかし、21時まで営業すると、近隣の飲食店やチェーン店でサクッと済ますにしても、どんなに早くても夕食は21時半前くらいにはなる。元気と気力が残っていて、帰りがけに夜遅くでもやっているスーパーに寄ってから帰宅して、晩酌がてら自炊をするとなると、食事にありつけるのはどうしても22時くらいにはなってしまう。それで23-24時くらいには寝るとなると、明らかに食後に十分にカロリーが消費されないうちに寝ることになり、おそらく睡眠の質も下がるし、何より太ってきているような気がしてならない。とはいえ深夜になると眠くなってしまうので夜型に切り替えるのは難しく、何より朝早くの時間は自分にとってとても大切で、その時間に少しでも腰を落ち着けて本を読んだり、朝ドラを(どんなにつまらなくても)観ながら朝食をとったり、ランニングをしたり、といった時間がなくなるとすぐに精神状態が悪くなる。何より僕は午前中が一番仕事が捗るタイプなので、その時間を減らすことはできる限りしたくない。しかしお店のclose時間は早めたくない(仕事帰りでも立ち寄れる時間にお店をあけたいから)。でも、21時まで営業しているとどうしたってお腹がすく。どうしたものか。現状の仮説では、21時まで営業の日は炭水化物や油ものを控える(とはいえ空腹時の欲望に抗えるのだろうか)、あるいは何かおにぎりなど合間でサクッと食べられるものを用意してお客さんがいない間に食べてしまう、などがあり得ると思っているが、どうなのだろうか。試行錯誤を繰り返していくしかない。
本当にどうでもいい話で紙幅を占有してしまった。さて最近読んだ本で面白かったのは、まず大賀祐樹『生き方としての民主主義』。プラグマティズムに関心を持って個人的にいろいろと勉強を重ねる中で、大賀さんの著作はひそかに好きでよく拝読しているのだけれど、久しぶりの新刊ということでとても楽しみにしていた。読んでみると、リベラリズムとプラグマティズムの関係、国民宗教としての民主主義など、痒いところに手が届く系の内容が多く、楽しかった。そして通底していたのは、著者による祈りのようなもの。世界への絶望と祈り。
プラグマティズム関連だと、bookpondにもよく訪れてくださる岸本智典さんが編著を務められている『ウィリアム・ジェイムズのことば』もよかった。まずワンフレーズを抜き出してきて、その後にしっかりと専門家が解説するというこのスタイル、もっといろんな哲学者でやればいいのにと思った。「超訳〜〜」的なものとは一線を画す、しっかりと信頼性のある、でもとっつきやすい良書。
そして「都市とアジール」の特集にかこつけた勉強として、今週はオルデンバーグの『サードプレイス』を読了。サードプレイス論の古典をようやく。20世紀後半にますます進んだアメリカの都市化・郊外化の中で、居酒屋やカフェのように、家庭でも職場でもない、身分や役職を問わずコミュニケーション力を起点に人間関係が構築される場所が失われつつあることを嘆き、その条件を分析する。解説でも批判されているように、かなりノスタルジックで乱暴な分析であるし、そもそも前提としてかなり時代錯誤な(それはおそらく刊行時の1990年前後であっても)男性中心主義・欧米中心主義・白人中心主義に貫かれており、そこから弾かれてしまうものへの視点が決定的に欠けている。ただ、ここで嘆かれている「場所」の消失じたいはかたちを変えてその後も嘆かれ続けるものだし、ひとつのステレオタイプの結晶ではあるのだろう。
むしろ、なぜひとは失われたつながりにノスタルジーを抱いてしまうのか、ほんとうに「古き良き」は存在したのか、といったことに関心が出てきた。ノスタルジーへの希求はトランプ的なものにも直結するし、参政党的なものとも地続きの問題だろう。というわけで今度は、最近出て気になっていたアグネス・アーノルド=フォースター『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか:ある危険な感情の歴史』を読み始めた。
そのほか、先週訪れた高崎のREBEL BOOKSさんで買ったIN/SECTS編集部『いいお店のつくり方』、余白さんの酒場ZINE、小谷実由さんのエッセイをはじめ、初読の良い本にたくさん出会えた。それから、きのうダラダラついでに見始めた、Primeの『セフレと恋人の境界線』がとても楽しい。恋愛リアリティーショーのフォーマットをドラマに落とし込むというフォーマットで、たしかにこれだと出演者を傷つけるリスクもかなり下がるし、良いフォーマットなのではと思った。恋リアは結局、ストーリーや登場人物に対して好き勝手喋ったりそれを観たりするのが一番楽しいんだなと再認識。しばらくはこれを毎晩観るのを楽しみにしよう。あとはmei eharaさんの5年ぶりのフルアルバム『All About McGuffin』がとてもよく、別の意味で心を洗われている。じぶんも頑張ろう。
今週土曜はヤミ市。ぜひみなさん白楽に遊びにきてください。
9/20(土)、ヤミ市裏で特別営業します。
ふだん土曜日は定休日なのですが、今週末は白楽名物・六角橋商店街の「ドッキリヤミ市場」(通称:ヤミ市)が催されますので、あわせて15-20時で特別営業します。
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